横須賀Pottering |
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・自転車で横須賀・久里浜付近の歴史遺跡を主体に観光します。 (自転車走行を期待される人には距離が短いです。しかし観光を含め時間は十分かかります。) |
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コース詳細を追加しました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
下見結果を追加しました。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
申込みは前田までmailで。 |
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・開催日:2013年11月9日(土)及び16日(土) 現時点の参加者数: 9日10人。→最終的に10人(女性3人男性7名) 16日5人。 |
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・集合/出発場所: JR横須賀駅9:30発 (遅れた人は公園散歩時間を短くして対応) ・横須賀駅の出口は先頭だけなので前寄りの車両に乗るのが良い。 ・持ち物:ライトは必ず持参下さい。短いですがトンネルがいくつかあります。 日没時刻は16:35です。 |
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・横須賀天気予報 訪問地解説 地図 高低図 コース詳細 信楽寺(しんぎょうじ):坂本龍馬の妻・おりょうさん墓を追加 |
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・案内人:野沢さん(もう何回も下見をして観光ガイド並みです) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・主な観光地点:野沢さんの解説をご覧下さい。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
・コース(11月9日実施結果下記、16日も同じ) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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色々な海、軍港、リゾート、漁村、造船所、フェリー、を堪能できるコースです。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コース詳細はこちら。 主な観光地は下記の様です。 階段のない横須賀駅。 駅前のヴェルニー公園。 ドブ板通り経由三笠公園。 記念艦三笠。 ポートマーケットで昼食調達 横須賀海岸通り。 場掘り海岸はリゾートらしい海岸です。 (按針塚付近へは標高差120~200mの上り、横須賀の町が一望出来る)中止 10000mのプロムナードを走って観音崎灯台。 観音崎の先の海辺の公園で昼食。 海岸べりの道(このルートが難しいが漁業の道)で浦賀湾へ。 源為朝、勝海舟などで知られる東、西叶神社。 坂本竜馬たちが歩いたという短いが急坂の浦賀道。 幕末まで首切り場だったという燈明堂。 黒船のペリー上陸記念碑。 東京湾フエリー発着所。 くりはま花の国のコスモスはもう終わっています。 久里浜駅前で解散。 希望者で京急久里浜駅近くの「さかなや道場 京急久里浜店」で懇親会 自転車走行距離は35km程度ですが、累計標高は917m。 |
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・下見結果(10月8日) |
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野沢さんが、詳細な下見をしてくれました。また、10月8日前田も野沢さんに案内してもらい下見をしてきました。 横浜と違って歴史遺産には観光客が少く静かなよいところです。 これらの遺産を見るのに自転車は小回りが効き最適でしょう。 その上に野沢さんの解説付きですから楽しいこと間違いありません。 なお、コース全体は短いですが、短いが急なアップダウンが多く、全てを自転車で乗り通すのはやや大変でしょう。前田は何回も押して上がりました。 野沢さん作成の訪問地解説(必読) 1.横須賀駅: 明治22年6月開業。階段のない駅として知られる。 (なぜ階段がないか分かりますか?不思議ですね。現地で確認!) 同年3月、開業前に明治天皇が進水式出席のためご利用とある。 駅を出てすぐ右側に按針塚への道標があります。 道標の三面に「按針塚山へ約十五町」 「大正十年二月十五日」 「WILLIAM ADAMS TOMB 1M」 この道標は16号線脇、按針塚登り口の三か所に。 2.ヴェルニー公園: 横須賀駅徒歩1分。横須賀本港に浮ぶ日米の艦船が見える。 海に面した細長い公園。自転車も飛ばさなければ良いみたいです。 駅で組立後に走られてみては。子規の句碑、秋のバラも見られる? 横須賀や只帆檣の冬木立 子規 直筆の写しからとったもの。 明治21年、汽船で浦賀に着き、横須賀、鎌倉を旅する。 ヴェルニー フランス人の造船技師。幕府の要請で横須賀製鉄所(造船所)建設。 観音崎灯台、走水水源地、水道建設などに貢献。 公園記念館(無料)のスチームハンマーは国重要文化財。 3.按針塚:(往復1時間はかかるので今回はカット) 三浦按針夫妻墓碑。明治38年改修のための事前調査が行われたが、葬られた形跡は確認できず、以来墓というより供養塔と考えられている。大正12年国指定史跡。按針が名前で安針ではない。 塚山公園は桜の名所。毎年4月には墓前で国際色豊かな記念式典が催される。公園海側からスカイツリー、眼下に自衛艦。 塚山公園への道の反対車線側の公園に芥川龍之介の文学碑。 横須賀海軍機関学校教官時代の「蜜柑」の一節。 4.三笠公園: 記念艦・三笠。明治35年イギリスで建造。日本で現存する唯一の軍艦。世界三大記念艦とか。1925年記念艦三笠として横須賀に。 自転車は入口の置場に。三笠艦見学は500円。(65才以上は400円) 公園入口近くに「めだかの学校」の碑。作詞者・茶木 滋は汐入出身。 公園を出てすぐに最近できたヨコスカ・ポートマーケットあり。 ここで昼食調達。 マーケットからしばらく走るとフェニックスの並木道になる。 そのあたりから脚がウズウズの方、新車の前田さん飛ばしてみてはいかがですか。ノンビリの方はまあまあ広い歩道を色々の説明板を見、wood roadの案内板から海岸にそった木の道(580m)をゆっくり走らせてもらう(本当は自転車ダメ)。 信楽寺(しんぎょうじ):坂本龍馬の妻・おりょうは、寺田屋騒動の折、龍馬の危機を救った女性として広く知られています。 人生の後半生33年間を横須賀で過ごしたおりょうのお墓は、現在、大津の信楽寺(しんぎょうじ)にあります。 信楽寺では毎年秋には、おりょうさんまつりとして墓前祭とおりょうさんを偲び月琴(げっきん)の演奏会が開かれています。 信楽寺ブログ:横須賀散歩:信楽寺 ヴェルニーの水:走水の水源地から湧き出した水が飲めます。 ミネラル豊富とかでペットボトル何本にも入れていくひとが多い。 ヴェルニーが明治9年築造した水源地、湧水一日1000㎥の供給能力あり。 飛ばしたひとは灯台入口の海辺でお待ちを願います。 5.観音崎灯台: ヴェルニーの設計により明治2年完成の日本初の洋式灯台。 光の届く距離は26km.。 現在は三代目。裏側から入口まで自転車で上る。灯台は200円。 6.昼食 海辺の公園で昼食。 7.会津藩士の墓: 幕末江戸湾警護のため、三浦半島に会津藩から隊長 郡奉行・代官、侍、足軽、その家族千数百人も。他に川越、彦根、熊本、長州の各藩。 房総半島は白河藩。 浦賀の墓は西徳寺(浄土宗)、円照寺(日蓮宗)、能満寺 (曹洞宗)。 西徳寺の樹林のなかのお墓へ。 8.東叶神社 明神山と呼ばれる裏山には勝海舟が咸臨丸出航前に、航海の安全 を断食祈願したとされるところあり。そこまで石段257段。 東叶神社のお守り袋に、西叶神社の勾玉を入れるとのこと。 勝海舟にあやかってか、「勝守り」も。 石段左側に芭蕉の作と伝えられる句碑。 丹ょ起丹ょ起と帆ばし良寒き入江哉 芭蕉 芭蕉没後150年の天保14年浦賀の俳諧・福井貞斎が建てる。 9.東林寺 五稜郭の戦いで亡くなった中島三郎助親子の墓所。 三郎助は浦賀奉行所与力で、ペリー来航の際最初に黒船に乗込み折衝にあたったひと。 10.專福寺 一茶初恋のひと、寿女の碑。 夕立の祈らぬ里にかかるなり 一茶 ここを訪れ彼女の墓参りしたときの日記の一節も。 11.顕正寺 中根東里、山口 瞳(山口家)の墓。 中根東里:江戸時代の哲学者、日本一の儒者となるも仕官せず極貧生活を送る。 西野前知(幕末~明治の浦賀の代表的歌人)と妻田中勝子の名前も刻まれた俗名の墓碑は、夫婦が別性の時代を物語っている。 12.徳田屋跡 浦賀を代表する割烹旅館。 ペリー来航の際には佐久間象山と吉田松陰がここで会し協議。また、桂小五郎、広重ら多くのひとが宿泊。しかし、関東大震災で倒壊。 13.浦賀の渡し 江戸時代の1725年から続く浦賀港の東岸と西岸を結ぶ交通期間で市道2073号線。 1917年浦賀町営、1943年市営。 平成10年、浦賀海道と呼称。 大人150円、自転車50円。12時~13時は昼休みです。 14.陸軍桟橋 浦賀奉行所の船番所跡 江戸に出入りする船はすべて浦賀港に立寄り乗組員と荷物の検査を受けた。 浦賀港引揚記念の碑 昭和20年敗戦後、浦賀港は引揚指定港として中国大陸、中部太平洋南方諸地域から56万4625人を受け入れた。 しかし栄養失調やマラリアなどで多くの死者が。ここの引揚の特色はコレラであった。当時の新聞には「海上にコレラ都市、浦賀沖に20数隻の引揚船が海上を埋め、10万人以上が閉じ込められている」と。 コレラが発生している船は14日間隔離、その間3回以上の検便でOKが出てようやく上陸許可。 故郷を目前にして亡くなった多くの人がいた。 ここの引揚第一船は氷川丸で20年10月7日に入港。 15.西叶神社 1181年文覚上人が源氏の再興を祈願から始まり、1186年平家滅亡により、その願いがかなったことから叶明神の称号が与えられた。 元禄五年(1692年)に村が東西に分かれたとき、西浦賀の叶神社を分霊して、西浦賀の神社を「本宮」、東を「若宮」と呼んだそうな。東、西は便宜的な呼び方で、正式には東西ともに叶神社と呼ぶそうです。 現在の社殿は1842年に再建。当時の金額で三千両。 社務所の軒先の鏝絵、本殿上部の力士像は珍しいとのこと。 神社近くの旧万屋は酒、米、塩の問屋を営み数艘の廻船を所有し西は北九州から北は仙台石巻までと、手広い商いをしていた。 旧万屋は江戸時代の大火(400軒燃えたとか)後に建てたのと大正時代の二棟あり、低いほうが江戸時代。ペリーが残した鉄のシチュウー鍋もあり。 16.浦賀道 樹林の中の道。この山林を御林(おはやし)といい、幕府の御用林。 江戸城火災の際、ここの大木も切り出されたという。市の説明板には浦賀道とあるが、地元のひとは旧鎌倉道、旧浦賀道といい歩いた有名人も定かでないと。 上り口の真福寺観音堂の天井絵のいくつかは北斎のものとの伝あり。 北斎は浦賀にも滞在、北斎漫画のなかに「相州走り水」「浦賀」が描かれている。少し下りると清水が湧き出ていたところに「天女水の碑」。 真福寺の北斎の天井画を見られるよう聞いておきましょう。 17.為朝神社 為朝の像あり。この地に伝えられる「虎踊り」は奉行所が伊豆下田から移されたとき,ともに伝承され国選択無形文化財。近くに泪橋があって、刑場や火葬場に向かう最後の別れの場所だった。 川間町内会館の軒先にもみごとな鏝絵が残されている。 18.浦賀奉行所跡 1720年~1868年まで続いた。 今は石垣などが残るのみ。浦賀に与力は10騎いたという。「騎」の数え方はその職にあるときだけ馬に乗ることが許されたことから呼ばれた。与力の下に同心がおり、騎に対し、一人、二人と数えられ当初50人が詰めていた。 19.愛宕山公園 明治24年開園、横須賀市最古の公園。咸臨丸出航の碑、中島三郎助招魂碑、与謝野鉄幹・晶子夫妻歌碑など。 咸臨丸出航の碑には乗組員全員の名前が刻まれている。 20.燈明堂跡 1648年幕府の命により建てられ、1872年まで灯台の役目をする。 二階建てで上が灯篭、下は番人小屋。燃料は菜種油を一晩に一升(1,8L)消費、その光は7km先に達したという。 昭和63年に元の石垣(3,6m四方)の上に復元された。 この場所は浦賀奉行所の刑場でもあり、船や海に関する犯罪で重い死刑がこの場所で行われた。先に進むと、幕末に築かれた千代ヶ崎台場の跡。 21.ペリー公園 1853年7月(嘉永6年6月)浦賀に来航。 伊藤博文の筆による「ペルリ上陸記念碑」、ペリー記念館(無料)。 「じょうきせんの碑」は公園の隅にあるので見落さないように。 「泰平の眠りをさますじょうきせんたった四はいで夜も寝られず」 22.東京湾フエリー発着所 千葉・金谷(毎日)、伊豆5島(季節便)、小笠原(年数回)へ。 23.くりはま花の国 コスモスまつり、100万本。しかし今年の夏暑く、咲きが遅いと。 コスモス園に入らず、帰りみちの橋の上から眺めましょう。 24.久里浜駅前 JRは始発。京浜急行は三崎口から来るのに乗ります。 |
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以下11月9日の走行実績 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コース地図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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観光地概略 走行距離35km | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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横須賀駅→ヴェルニー公園→記念館三笠→ポートマーケット→ヴェルニーの水→観音崎灯台→海の見える公園(昼食) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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昼食→(上り)会津藩士の墓→東叶神社→浦賀の渡し→西叶神社 神社近くの旧萬屋(酒、米、塩の問屋を営み数艘の廻船を所有)に、ペリー艦船から飲料水のお礼に貰ったというシチュウー鍋あり。当日見せて貰えるよう話済みです |
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西叶神社→愛宕山公園→陸軍桟橋・船番所跡→燈明堂跡 真福寺の北斎の天井画を見られるよう聞いておきましょう。 |
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燈明堂跡→ペリー公園→フェリー乗り場→花の国→久里浜駅 黒船が来たとき人々は川間隧道付近の峠を越えて黒船を見に来たという。 ペリー公園にあるペリー記念館には黒船の模型、黒船来港のかわら版などが展示されている。 ペリー来航から僅か160年。現在はInternetの時代。 4隻の概要:外輪船2隻と帆船2隻 |
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高低図 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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コース高低図。走行距離35km。累計標高917m。 走行距離は35kmと短いが累計標高は917m達しており、上りの勾配もきつく、決して楽なサイクリングではなかった。 |
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コース詳細 |
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地元の野沢さんにコースを作成して頂きました。下記します。 |
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1.JR横須賀駅:明治22年開業、階段のない駅として知られる。 →なぜ階段のない駅が可能か? 現地でよく見て下さい。 2.ヴェルニー公園:横須賀駅徒歩1分。横須賀本港に浮かぶ日米の艦船が見える。 イージス艦も見えたと云う。 子規の句碑、春、秋にはバラが見られる。 ヴェルニー:フランス人の造船技師、幕府の要請で横須賀製鉄所(造船所)建設。 記念館(無料)のスチームハンマーは国重要文化財。 3.安針塚:三浦按針夫妻墓碑。桜の名所の塚山公園にあり、大正12年国指定史跡。 按針が名前で安針ではない、イギリス人ウィリアム・アダムス(訪問せず) 4.記念艦・三笠:明治35年イギリスで建造。日本で現存する唯一の軍艦。世界三大記念艦とか。 5.観音崎灯台:ヴェルニーの設計によリ明治2年完成、日本初の洋式灯台。 6.会津藩士の墓:幕末時江戸湾警護のため、三浦半島に会津藩から隊長、 郡奉行・代官、侍、足軽、その家族の千数百人も。 7.顕正寺:中根東里の墓。江戸時代の哲学者、日本一の儒者となるも仕官せず極貧生活を送る。 8.東叶神社:明神山と呼ばれる裏山には勝海舟が咸臨丸出航前に、航海の安全を断食祈願 したところあり。 そこまで石段257段。 石段左側に芭蕉の作と伝えられる句碑あり。 東叶神社のお守り袋に西叶神社の勾玉を入れると願いが叶うと。 9.東林寺:中島三郎助の墓所。浦賀奉行所与力、ペリー来航の際最初に黒船に 乗り込み折衝にあたる。 五稜郭の戦いで親子で戦死。 10.徳田屋跡:浦賀を代表する割烹旅館。ペリー来航の際には佐久間象山と吉田松陰が ここで会し協議。 また、桂小五郎、安藤広重ら多くのひとが宿泊。しかし、関東大震災で倒壊。 11.渡し船:江戸時代の1725年から続く、浦賀港の東岸と西岸をむすぶ交通機関、市道2073号線。 大人150円、自転車50円。12時~13時は昼休み。平成10年、浦賀海道と呼称。 12.西叶神社:1181年文覚上人が源氏の再興を祈願したことから始まり、1186年平家滅亡により、 その願いがかなったことから叶明神の称号があたえられた。 現在の社殿は1842年に再建、当時の金で3千両。 (神社近くの旧萬屋(酒、米、塩の問屋を営み数艘の廻船を所有)に、 ペリー艦船から飲料水のお礼に貰ったというシチュウー鍋あり。 当日見せて貰えるよう話済みです) 13.浦賀道:樹林の中の道。この山林を御林(おはやし)といい、幕府の御用林だった。 江戸城火災の際、ここの大木が切り出されたという。 (市の説明版には浦賀道とあるが、地元のひとは旧鎌倉道と言っている。 歩いた有名人も定かでないと) 14.愛宕山公園:明治24年開園、横須賀市最古の公園。咸臨丸出航の碑、中島三郎助招魂碑、 与謝野鉄幹、晶子夫妻歌碑など。 咸臨丸出航の碑には乗組員全員の名前が刻まれている。 15.陸軍桟橋:浦賀奉行所の船番所跡。浦賀港引揚記念の碑あり。 江戸に出入りする船はすべて浦賀港に立ち寄り、乗組員と荷物の検査を受けた。 昭和20年敗戦後、浦賀港は引揚指定港として中国大陸、中部太平洋や南方諸地域から 56万4625人を受け入れた。しかし栄養失調やマラリアなどで多くの死亡者が。 ここの引揚の特色はコレラであった。当時の新聞には「海上にコレラ都市、 浦賀沖に20数隻の引揚船が海上を埋め、10万人以上が閉じ込められている」と。 コレラが発生している船は14日間隔離、その間3回以上の検便でOKが出て ようやく上陸許可。 故郷を目前にして亡くなった多くのひとがいた。 ここの引揚第一船は氷川丸で20年10月7日に入港。 16.為朝神社:源為朝の像あり。この地に伝えらせる「虎踊り」は奉行所が伊豆下田 から移されたとき、ともに伝承された。 17.浦賀奉行所跡:1720年~1868年まで続いた。今は堀の石垣などが残るのみ。 18.燈明堂:1648年幕府の命によって建てられ、1872年まで灯台の役目をする。 二階建で上が灯篭、下は番人小屋。燃料の魚油、菜種油を一晩一升(1.8L)消費、 その光は7km先に達したという。 昭和63年に元の石垣(3.6m四方)の上に復元された。 19.ペリー公園:1853年7月(嘉永6年6月)黒船が浦賀に来航、上陸記念碑。 20.久里浜港:千葉・金谷間の東京湾フエリー発着場。 21.久里浜駅(JR,京浜急行) |
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艦艇の概要 |
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ペリー来航(1853年7月8日:嘉永6年6月3日)の艦艇の概要 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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